武道の上達における人格の影響〜失われる素直さと出てくる我〜

上達論

自分の後から入門した人に追い越されるのは、辛いものです。

人により技の習得スピードが違うのは当然ですし、
入門までに経験してきたことも違うわけですから、
本来であれば、入門からの年数を基準にして比較すること
自体がおかしな話なのだと思います。

しかし、心情としては、後輩に抜かれるとやはりショックがあります。

これでろくに自分が稽古に行けていないということであれば、
自分の気持ちを納得させることも出来るのでしょうが、
そうでなければ、自分の気持ちを整理するのに少し時間が掛かります。

こういう時、自分の心は弱いなと感じます。

同じ様に稽古していても、人により着眼点も違えば、受け取り方も違うため、
皆一様に上達するということはありません。

人それぞれに気付くことが違っているのですから、人により上達の仕方は違います。

おそらく、同じ人が同じ量の稽古を重ねたとしても、参加する稽古日に違いがあれば、
気付く内容が変わり、上達の内容も変わっていきます。

そのため、人と比較すること自体がナンセンスであり、よく言われる様に
比較するのは昨日の自分にするのが良いのだと思います。

ただ、そう簡単に割り切れないのが人の心です。

それゆえに仕方がないことだとは思うのですが、稽古年数が長くなるにつれて、
素直さが失われ、次第に我が出てくる傾向があると私は思います。

後輩に負けたくないという気持ちが自分を意固地にし、
稽古で行うべきでないことを行なってしまいます。

これは他人事ではなく、自分もそうなる、もしくは、すでにそうなっているのではないかと
いつも気にしている部分です。

今回は、武道の上達に与える人格の影響について、書きたいと思います。

端的に結論から書くと、私は武道が上達する人には2つのパターンあると考えています。

一つ目のパターンは人格者であること。

これは、人格者であるが故に自分を省みることが出来、修正していくことが出来るためです。

二つ目は人格者では無いが、少なくとも技に対しては真摯に向き合う人です。

技に対しては真摯に向き合うことが出来るので、人格は抜きにして、
自分の未熟な技を修正していくことが出来るということです。

どちらのパターンでも、肝心なのは自分を省みることが出来るかという点になります。

武道においては、修練を重ねるにつれ、技と人格のどちらも高まるものでありたいと思いますが、
中々、その様な事例に遭遇することはなく、元々人格的に優れていた人か、もしくは、
技においてのみ真摯に向き合う人が上達していく場合が多い様に感じます。

武道の上達には、素直さが必要だとよく言われます。

昔、この話を聞いた時には、その意味がピンときませんでしたが、
今は確かにその通りだと得心しています。

言われたことを素直にそのまま行うことが出来るというのは、それだけで才能であり、
それ無しに上達することは出来ません。

言われたことをそのまま稽古しなければ、その時に指導者が伝えたかったことを
受け取ることは出来ず、結局は我流となり、道に迷うことになります。

そのため、素直であるというのは本当に大切なことです。

ただ、素直な性格な人でないと上達出来ないのかというと
そうではないと考えています。

なぜなら、人それぞれ、元々の性格はあるにしろ、入門してすぐの頃というのは、
多くの人は稽古に素直に取り組むことが出来るからです。

入門してすぐの頃というのは、自分が新参者であり、誰に言われたとしても、
その指摘を素直に聞くことが出来ます。

技も言われた通りに素直に稽古出来ます。

そのため、確かに素直な性格であるかどうかも影響するのでしょうが、性格というよりは、
その人の持っている素直さが表に出てくるかどうかの方が重要に思います。

しかし、稽古を重ねるうちに、技とはこういうものだという自分なりの考えが固まっていき、
また、後輩に負けたくないという思いから、次第に自分の考え以外を
受け付けなくなっていくというのが常です。

自分なりの考えが固まっていくこと自体は良いことですが、固まってきたその考えが
もしかしたら間違っているかもしれないと疑う気持ちを持ち続けることが
大切なのではないでしょうか。

私の経験になりますが、稽古の段階が進むにつれ、技の解釈が180度変わり、
昔は絶対に違うと考えていたものが、実は正しかったという結論に達したことが幾度もあります。

違うと考えていたのには、私なりの根拠があったのですが、
稽古が進むことで見えるものが変わると、その前提としたものが
前提にならなくなってしまいました。

これは、稽古をどれだけ長くやっていても、起こることなのではないかと思います。

武道を稽古している人は、稽古年数に応じて、各々が、技についての考えを持っています。

しかし、その考えは稽古を続ける限り、途中のその時点での考えでしかありません。

稽古を重ねることで、より正解に近い考えに辿り着くことは出来ますが、
最終的な絶対の答えというものはなく、それを手に入れることは出来ません。

あくまで、その時点で正しいと思われる答えです。

そうであるならば、その時の自分が出した答えに固執することなく、
柔軟に考えを変化させていくことが、上達するためには必要だと思います。

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