もし仮に、これを行えば技が身に付くという稽古法があったとして、
それをやり続けることが出来る人はどれくらいいるでしょうか?
私の勝手な推測になりますが、9割以上の人は、それを行えば、技が身に付くと
分かっていたとしても、継続してそれを稽古し続けることは出来ないと思います。
継続してそれを行えるというのは、ただそれだけで稀有な才能で、
それがあるなら、方向性や取り組み方を間違わない限り、
時間が経てば、自ずと達人に近づくことが出来ると言えます。
今回の記事は、自分は継続して物事を行うことが得意だと言う人にとっては
特に読む価値の無いものです。
しかし、仮に私の様に怠け癖があり、物事を継続することが苦手だという人には、
もしかしたら、一助となるかもしれません。
多くの人は技を身に付けたいと思い、道場に通うわけですが、
現実には道場の稽古だけで技を身に付けるのは難しいのが実情です。
内弟子となり、四六時中稽古に明け暮れているのであれば話は別ですが、
一般の人は、学業や仕事をしながら時間をやり繰りして道場に通っているわけで、
そうすると道場での稽古時間というのは限られたものになります。
技を身に付けるというのは、無意識に技が出る状態になることだと私は考えていますが、
その限られた稽古時間だけで、そこに到達するのは、ほぼほぼ不可能です。
確かに道場の稽古だけでも上達し、技が出来る様になっていきますが、
無意識に技が出る状態というのは、膨大な稽古量が不可欠となり、
その稽古量をどう補っていくかというのが問題になります。
限られた時間をやり繰りして、道場に通い続けるだけでも本来凄いことで、
私としては、それだけでも尊敬に値することだと思っていますが、
苦労して道場に通っているのですから、より深い領域に足を踏み入れることが出来るのであれば、
そちらの方が良いのは言うまでもありません。
そして、稽古量を補う方法としては、結局のところ、一人稽古を行うしかありません。
一人稽古を行なって良い段階と駄目な段階がありますので、
その辺りは各人の到達している段階に応じて行なっていくしか無いのですが、
一人稽古を行なって良い段階に到達しているのであれば、
少しでも多くの時間、一人稽古の時間を確保出来る方が良いです。
ここで、冒頭の話に戻ります。
一人稽古をした方が良いのは自明なのに、多くの人はそれを続けることが出来ません。
少なくとも私は長年それが出来ずにいました。
長いこと稽古を続けていると、この稽古は有用で、続けていれば技を身に付けられる
というものに出会います。
それは一つ二つではなく、幾つもあります。
そして、それらの稽古は得てして、地味なもので、行えば結果が出ると分かっているのに、
私はそれらを続けることが出来ない状態が長いこと続きました。
世間では、継続するコツとして、モチベーションに頼るのではなく、
習慣化することが大切である。
やる気になるのを待っていては、いつまで経っても始められない。
それを行うことで次第にやる気が湧いてくるのだから、
小さく始めることが重要だと言ったりします。
その様なことが書いてある本は何冊も読みましたが、結局のところ、
私が一人稽古を出来る様にはなりませんでした。
しかし、現在では、短い時間ではあっても一人稽古の時間を確保出来る様になりました。
自然と少しずつ一人稽古を行う様になり、継続する様になってきたのですが、
それは2つのことを意識する様になったからです。
1つ目はきっちりやることを諦めたこと。
2つ目は飽きない様に変化を感じる様にしたことです。
昔、突きや型の稽古を毎日行おうとしたことがあります。
結果は惨敗でした。
3日も行えば、飽きてしまい、これを行うことに何の意味があるのだと考える様になり、
結局、やらなくなりました。
面白さを感じることが出来ないと続けられない、私の悪癖です。
面白くなくても、数を熟すことで見えてくるものがあったと思うのですが、
私の場合は、そこに達する前に早々に心が折れました。
今までの経験では、何の意味があるのか考える様になった時点でそれを行うことに
虚しさを感じる様になり、いつも辞めてしまいます。
結果が出る、だいぶ手前です。
とはいえ、一人稽古しないことには、技が身に付かないと考えた私は、
それでも何とかしようと思い、何度も挑戦しました。
そうして出来たのが、現在のスタイルです。
正直なところ、突きを100本行おうしたところで、一人の時にそれを行い続けることは
私には無理でした。
でも、何もしないよりはした方が良いのは確かです。
ではどうするかということで、妥協した結果、稽古するものを決めて、
毎日行うことは諦めました。
突きを100本行おうとしたところで、飽きてしまえば出来ないのが私なので、
その時気になっているもの、意識が向いているものに絞って稽古する様にしました。
毎日気が向くまま、自分がやりたいものを好きな回数だけ一人稽古として行なっています。
ただ、当たり前のことではあるのですが、気が向くままに稽古していたとしても、
なんだかんだで短い周期で同じものを稽古しますので、結局のところ、
技を身に付けるために数を熟すということは出来ている様に思います。
また、心掛けている変化を感じるということですが、同じ動作をある程度の回数熟していると、
必ず自分の重心の位置や身体の力の入り具合、意識の向け方など、様々な変化があります。
それらの変化を感じる様に心掛けると、その日の一人稽古を始めた時と終わる時とで
変化を感じることが出来、きちんと稽古出来たという実感と達成感が生まれます。
変化を感じることで、少しでも前に進めたという思いになり、
次の日に稽古の意味について無駄に悩むことがなくなり、
すんなりと一人稽古を行える様になってきました。
私の場合は、上記に書いた様な一人稽古の方法に辿り着いたのですが、
人それぞれにあった稽古法があり、その方法を如何にして確立していくかが
重要なのではないかと思います。
今回の記事が何かしらの助けになれば、幸いです。


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