よろず

合気

合気修行日誌〜思い込みによる力の伝え方の間違い〜

力を使っていないように見える合気系武道の技ですが、実際には力を使用して技を行なっています。しかし、その力は腕力などではなく、重心移動の力など筋肉以外から生じる力です。しかし、それらの力も使い方を間違うと技になりません。今回は、力を相手に作用させる際に注意すべきことについて、述べています。
上達論

合気よもやま話〜結局は内発的動機づけが重要だということ〜

合気系武道の修行者は数多いですが、’合気’の習得は難しく、’合気’を実際に習得出来る人は一握りの人達だけとなっています。それには技術的な問題もありますが、それだけではなく、やはり修行者の意欲も大きく影響しています。今回は、’合気’伝承の難しさについて、筆者の考えを述べています。
合気

合気よもやま話〜力比べになってしまう原因は何か?〜

合気系武道の稽古をしていると、相手とぶつかって力比べとなり、膠着状態となることがあります。筆者も稽古で幾度となく力比べとなって膠着状態に陥ってきましたが、その原因は技術的な問題だけでなく、認識の間違いによっても引き起こされている様に思います。稽古で力比べとなる原因について、筆者の経験から解説しています。
合気

合気修行日誌〜両手取りの技で姿勢と身体の中心を作る〜

一人稽古を行う中で、繰り返し繰り返し同じ動作を行なっていると、自分の姿勢の崩れが気になる様になってきました。しかし、その姿勢の崩れというのは同じではなく、行う動作により変わってきます。一人稽古では、どのような動作を稽古すると良いのか、筆者の考えを述べています。
上達論

合気よもやま話〜技のコツを集めると袋小路に入る〜

’合気’の技では、簡単に出来る技のコツというのは求めてはいけないのではないかと思います。同じ先生に師事した兄弟弟子は数多くいますが、結果として、’合気’を身に付けた弟子は一握りです。’合気’を身に付けた弟子とそうでない弟子の差を、技の捉え方の違いから解説します。
合気

合気よもやま話〜試すつもりが試されているという話〜

’合気’の技を習得したいと入門してくる人も、初めは技を信じる事が出来ません。そのため、殆どの人が技を疑い、本当に使える技なのかを確認します。それらの人々の中には、試す様に掴み方や攻め方を変えてくる人がいますが、そういう人は基本的には大成しません。なぜ大成しないのか、その理由を解説しています。
合気

合気よもやま話〜’合気’の技は舞の動きに通じる〜

筆者は稽古を重ねる内に、’合気’の技の動きと舞の動きに強い関連を感じるようになってきました。’合気’の技が要求する動きが、舞と同様に高いレベルの動きであるために、’合気’の技を成すことが難しくなっています。なぜ、’合気’の技を成すことが難しいのか、その理由について解説しています。
武道・武術

現代で武道をやることの意味〜真っ当に生きることを学ぶ〜

筆者は、強くなりたいと武道を始めましたが、護身という意味で考えた場合、現代で武道を修練することの重要性はそんなに高くないと感じます。では、現代で武道の修練を行う意味はあるのでしょうか?武道の稽古を通して、筆者辿り着いたその意味について、解説しています。
上達論

合気よもやま話〜相手を受け入れることの大切さ〜

武道では、よく相手を受け入れることが大切だと説かれます。それはなぜでしょうか?私も昔、師からその様に指導されましたが、その当時は意味が分かりませんでした。しかし、稽古を重ねるうちに、その意味の一端が見えてきました。相手を受け入れることの意味について、解説しています。
上達論

合気よもやま話〜よくある自分の間合いの勘違い〜

自分の間合いを正しく認識することは、’合気’の技を習得する上で大変重要となります。多くの人は、自分の間合いを手を伸ばして届く範囲だと認識していますが、その認識は’合気’の技の習得を阻む障壁となります。’合気’の技を習得するための自分の正しい間合いについて解説しています。