合気よもやま話〜稽古を積み重ねた先にあるもの〜

武道・武術

昔、稽古の最中に師から、自然体で構えろと注意されました。

その頃の私は、’自然体’というと自分が窮屈でない、
楽な姿勢ぐらいにしか考えていませんでした。

今よりもまだまだ未熟な時分でしたので、それはある意味、
師の指導したかったことと一部合致していました。

肩に力が入り過ぎていた私の構えを正す意味もあったからです。

しかし、今考えると師の言わんとしたかったことの全てではなかったと思います。

稽古を重ねる中で知りましたが、’自然体’を意識して作った構えは自然ではありません。
自分が考える’自然体’というものに縛られており、不自然です。

意識の持ち方が偏っているため、身体の状態もそれに引き摺られてしまっています、

’自然体’は意識して作ろうとしても作れず、でも作ろうとしなければ、
身につくことのないものです。

そんなある種、矛盾したものなので、私もどうしたら’自然体’が
身につくのだろうとかなり悩みました。

現在でも’自然体’が出来ているかといわれると怪しいですが、稽古を重ねるうちに
徐々に’自然体’というものが分かるようになってきたように思います。

’自然体’を意識して稽古を重ねるうちに少しずつ理解が深まり、自然な身体に近づいていっている。
そんな感覚があります。

一朝一夕に出来るものではありませんが、正しく稽古していれば、
必ず身に付けられるもののように感じていますので、
焦らずに稽古を続けていきたいと考えています。

’自然体’というものは、自然に出来るものではなく、稽古を通して作り上げた結果です。

その難しさの一端を知ったからこそ、それを体現している名人・達人は本当に凄いと
畏敬の念を感じずにはいられません。

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